そごう・西武労働組合は、2023年8月31日に百貨店としては61年ぶりとなるストライキを実施し、西武池袋本店は終日休業した。このストは、当該労働組合がそごう・西武の親会社であるセブン&アイ・ホールディングスに対して、米ファンドへの売却延期、売却後の雇用の維持や確保等を求めた労使交渉が不調に終わったことから実施された。今回のストには驚いた人も多かっただろう。日本では、かつて、労働組合日本プロ野球選手会がストを決行した。しかし、それは20年近く前の出来事だ。若い世代はストを「言葉としては知っている」「ストを見たことがない」などと受け止めていた。それだけ日本ではストが身近な存在ではなくなっているのだと実感した。
ストは憲法で保障されている労働者の権利である。高度経済成長期においては、ストは春の風物詩といわれるほど実施されていた。それは、戦後定着した春闘において、賃金等の労働条件を巡り、交渉が難航した際に、ストを打ってでも、労働組合が要求を貫徹することを目的としたケースが多かったためである。しかし、1980年以降、ストは減少し、2000年代に入るとほとんど聞かなくなった。それは、労使双方が相互に情報を共有し、合意形成をはかることを目的とする総合労使協議体制が定着してきたことが要因として考えられている。そごう・西武労働組合は、売却後の改装計画や従業員の雇用等について、会社と協議を進めてきた。しかし、労働組合は、会社が具体的な回答を示さないことに不信感を募らせたことでストに至ったと認識している。
今回のストは、そごう・西武の米国投資ファンドへの売却を巡り、労働組合が従業員の雇用の維持に懸念を抱き、早期の売却に反発したことが争点となった。これまでの職場が維持されるのか、これまで培ってきた能力が発揮できるステージがあるのか、この会社で働き続けたいと思う労働者にとって、こういった懸念が噴出することは自然なことだ。
海外に目を転じれば、ハリウッドの俳優、脚本家らがストを実施している。このストは報酬が争点のひとつになっている。しかし、その背景には生成AIの存在がある。脚本家にとっては、作品をAIに学ばせることで、長年培ってきた脚本家としての能力を安価に売り渡すことにつながってしまう。また、俳優にとっても、AIによって、安価なコピー料で作品を仕上げることが可能となってしまう。まさに俳優、脚本家の人としての価値に関わることが争点となっており、いずれも、人が持つ能力の重要性が失われてしまうことへの警鐘と捉えることができる。
一方で、私たちは、現在の労働環境に依存し、既存の能力で持ちこたえ続けられると慢心していないだろうか。「現状維持では、後退するばかりである」というウォルト・ディズニーの有名な言葉がある。それは、世の中が変化している中にあって、今日の自分と明日の自分が変わらないということは、成長していないのではなく、むしろ後退しているということを意味している。人間は、人ならではの能力に磨きをかけ続けてこそ、人の価値を高めていくことができるはずだ。
今後はAIの発達がますます進んでいくものと思われる。これまで人間が担ってきたタスクの多くがAIにとって代わられる日も刻一刻と近づいてきている。日本では人口減少により、労働力不足が進むと想定されており、労働力を補うためにAIを活用することは理にかなっている。しかし、人間が持ち合わせていている感性、創造性など、人間ならではの特性はAIでは再現できない。人間がその特性を発揮していくためには、AIが日々進歩しているように、人間も日々能力をアップデートすることを怠ってはならない。そして、人間の能力とAIの能力が競争を繰り広げ、人間に求められる領域を広げ続けていくことが必要だ。
そごう・西武とハリウッドのストライキから、人的資源を最大化するには、人間にしかできない能力を磨き上げることが重要であることを強く認識させられた。社会全体で人が持つ能力の可能性を見つめ直し、人の成長を後押しする環境を醸成することが求められる。そのために、企業は、労働者の能力開発や教育訓練の機会を最大限に拡充し、人間が持つ能力を高め続けていくための努力を惜しまない覚悟が必要だ。
2023年8月30日 日経電子版
ストで西武池袋本店が休業へ、常連客「本当にやるのか」
セブン&アイ・ホールディングスの百貨店子会社、そごう・西武の労働組合は30日、ストライキを31日に実施することを決めた。西武池袋本店(東京・豊島)に同日の全館臨時休業を伝える紙が張り出された。約60年ぶりとなる大手百貨店によるストの知らせに、常連客から「本当にやるのか」と驚きの声があがった。(中略)そごう・西武の労組は同社の米ファンドへの売却を先送りするように、セブン&アイに訴えていた。売却後の売り場構成などを巡る調整が難航し、ストを決めたという。娘と訪れた40代の女性会社員は「売却によって労働環境が変化することを心配に思っているのだろう。私も会社員なので不安は分かる」と休業に理解を示した。
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